愛犬の命日は、悲しみと感謝が同時に押し寄せる特別な一日です。この記事では、愛犬の命日に「自由に生きていいよ」というメッセージを受け取った体験を通して、喪失の時間が少しずつ“再出発の力”に変わっていくプロセスを綴ります。
愛犬の命日は「悲しみ」だけでは語れない日
愛犬が旅立ってからの一年は、私にとって大きな変容の時間でした。
最初の頃は、これまで信じてきた仕事や人生の方向性さえ見えなくなり、数ヶ月間は無理をせず、ただただ自分と向き合い、癒す時間を大切に過ごしていました。
それほど、愛犬という存在は大きいものです。
同時に、30年間続いた愛犬たちとの暮らしが終わってしまったという深い喪失感も味わいました。
けれど、少しずつ、少しずつ。時間をかけて自分と向き合いながら、ここまで歩いてくることができました。
その背景には、「もう会えない」では終わらない繋がりを、日常の中で感じられるようになっていったことがあります。
公園で重なった記憶と、ふっと届いたサイン
命日に、主人と2人で愛犬が大好きだった公園へ行きました。
広い芝生を見ると、今にもボールを咥えてこちらへ走ってくる気がして…思わず声に出して名前を呼んでしまったんです。
満開の河津桜の下で、愛犬の置物と一緒に写真を撮りながら過ごした時間は、不思議と温かく、まるで本当に一緒にいるように感じられました。
その場の空気、風の匂い、光のやわらかさ。芝生で抱きしめた毛の感触まで、あの頃の記憶と重なっていきました。

「どうして、あの公園を選んだのだろう」
ふと、そう思ったんです。
愛犬が好きだった公園はいくつもあるのに、誰もいない広い芝生のある場所へ、自然と足が向いていました。
愛犬の命日に届いたメッセージ「自由に生きていいよ」
そこで届いた愛犬からのメッセージは、とてもシンプルでした。
- 遠慮しなくていいよ
- 自由に生きていいよ
- 今をいっぱい楽しんでね
アニマルコミュニケーションを学んできたことで、特別な準備をしなくても、日常の中で“ふっと”届く感覚があることを私は知っています。
広い芝生の上を、ボールを追いかけて全身で「楽しい!」を表現していた愛犬。
嬉しいときは全身で喜び、走りたいときは全力で走る。
その姿は、「自由に生きる」という言葉そのものだったのかもしれません。

「鎖をくわえて走る」ビジョンが教えてくれた手放し
実は少し前から、愛犬が鎖をくわえて走っている姿がイメージとして浮かんでいました。
それは、私を縛りつけていた鎖を持っていってくれたような感覚でした。
鎖の正体は、たぶん
- 責任感の重さ
- 自分を後回しにする癖
- 私が頑張らなきゃ、という思い込み
- ちゃんと生きなきゃ、という緊張
愛犬はそれを軽やかにくわえて走っていきました。
まるで「これはもう、いらないよ」と言うように。
そして命日に届いた「自由に生きていいよ」というメッセージと、ひとつに繋がったのです。
愛犬の命日を、これからの人生の指針に変える
命日は、悲しみの日であると同時に、「魂の約束を思い出す日」なのかもしれません。
動物たちはいつも、私たちに“ありのままで生きる”お手本を見せてくれています。
あなたの大切な存在も、きっと今もあなたを応援してくれているはずです。
もし今日、少しだけ心が静かになったなら。
そのメッセージに、そっと耳を澄ませてみてくださいね♡
==========================
7,000人以上が登録!
超人気無料メール講座!!
集客や売上にお悩みの
アニマルコミュニケーターさんへ
アニマルコミュニケーション無料メール講座
ご提供中メニュー
お客様の声
お問合せ


